介助関係は人間関係の一つの形態ですが、それゆえにお互いに感情的な関わりも持つわけですから、相性のよしあしの問題や不満や不安などが生じることもあります。それとともに友達関係や恋愛関係にはない介助関係の特殊性もあると思っています。
それは、介助者が障害者のプライベートな領域(何をプライベートとするかは人それぞれですが)にまで一方的に踏み込むことができる立場にいるという点です。あらかじめ、これ以上は入ってこないでという線があってそれをお互いに了解できている二者の関係であれば問題にはなりにくいですが、そうでない場合は適度な距離を見定めて獲得しなければ安定した関係は築けないように思います。
障害者と介助者の介助関係においても、身体的な介助をされる/するのエネルギーだけではなく、お互いが心地よい関係をつくるために要するエネルギーが必要であるように感じてきました。
・介助者という立場の不安定さ
一概には言えないことだと思っていますが、自立生活の経験が長い障害者の介助と日の浅い障害者の介助ではその関係の中で求められる役割や介助者の扱い方が異なるため、特にはじめのころはとまどいを感じていました。今の自分の在り方が、介助者としての「正しい」在り方(そんなものはないと分かっていても)か自信がもてずにいました。「慣れ」で解決できることも確かに多くありましたが、「慣れ」が招く悪習慣も存在しうるように思います。
近くに介助をしている友達がいるにも関わらず、「つらい状況」の中で数ヶ月の間ひとりで悩みを背負い込んでいた自分を今ふり返えると、何で?と首をかしげたくなりますが、その当時の事情があったのだろうと思います。自分と障害者の介助関係で生じている問題を口にすることをは何となくタブーなのではないかと感じていましたが、それは今までの1)から5)までの内容と深く関係しているように思います。根本的なところで意識的にも無意識的にも介助者である自分が悪いと感じていたため、周囲の人にまで「つらい状況」は自業自得だと言われてしまうことを恐れていたのです。
話しは少し変わりますが、あるとき突然介助をやめてしまう人が必ずいます。後になって介助関係でトラブルがあったことを知らされ、周囲の人は驚くとともにもっとはやく相談してくれればと思わずにはいられません。しかしわたしは、そこに介助者という立場ゆえに陥りやすい状況をあらわしていると思います。介助者も孤立しやすい存在だということです。