2001/10/27全体ミーティング
学習会:「介助者とは?」レジュメ-2
あのころから約2年経ち、わたしは現在も「介助者」であり続けています。大体週1回のペースで介助に入っていますが、今は追いつめられたようなあのころの「つらさ」は(全くないとは言いませんが)ほとんどありません。
何が変わったのか。
一番自分の中で納得している答えとして言えるのは、非人道的だと指摘されうる感情も含めて介助に対して感じている自分の気持ちや考え方を言葉にできるようになったことだと思います。「つらい状況」を客観的に見ることができるようになり、自分が置かれている状況や問題が比較的整理できるようになったのではないかと思います。
何がきっかけで変わったか。
- 共感してもらえたこと:それまで誰にも言えずにいた、介助に対して感じていたつらい気持ちをASK(阿見で早苗と暮らす会)や実現する会の先輩に聞いてもらったことが「つらい状況」から抜け出すはじめの一歩となったと確信している。
- ひとりじゃないと気づいたこと:介助について話すことができる介助者と親しくなり、自分ひとりだけが悩んでいるわけではないとを知っただけでも、荷が半分降りた気持ちになった。
- 運営の参加:会の運営にもたずさわるようになり、介助以外の場面で自分の役割を得たことは、「介助者」であること以外にも会における自分の存在意義を確認できるという意味で大きかった。それまでは、会や周囲にとって自分は介助に入らなければ何の存在価値も認められない存在だと感じていたからだ。
- 有償介助:ボランティアだった介助が一部有償になったことで、「介助者」を続けるために必要だった動機が見つかり、ずいぶん救われたように思う。
介助における「つらい状況」とは何だったのか?
当時をふり返って、「つらい状況」をつくっていた要因を挙げてみようと思う。
1)介助に入る動機が曖昧
2)ボランティア
3)介助者が少ない
4)介助依頼を断れない
5)障害者との介助関係における不安/不満
6)介助者同士のつながりが希薄
1)介助に入る動機が曖昧
ASKにしても実現する会にしても入会当初、介助は「自分の好きなときにやれる気楽なボランティア」程度にしか認識していなかった。それまで自分が経験してきた"老人ホームでの1日ボランティア体験"や"道端のゴミ集め"といった気楽なボランティア感覚の延長だったから、介助に入る動機はと言われれば、せいぜい軽い人助けの気持ちと好奇心くらいのものだった。だから、介助に慣れて、好奇心が失われたとき介助を続ける理由が「自分のため」と実感できるものは全くなくなってしまった。誰のために、何のために介助をしているのだろうという疑問がわくのも必然的であった。
今ふり返ると、自分の中の小さな善意の存在を自分にも周囲にも証明するためだけに介助に入り続けていたような気がする。障害者問題など社会に対して問題意識を強く持って介助に入る場合、わたしのように思い悩むことはないのではないかと思う。動機や目的がはっきりしていて、つきつめれば「自分のため」だと言える自信がそこにはあるように思えるからだ。 結局、何事をするにしろ「自分のため」だと言える動機がない限り、人間はポジティブに動かないものだとわたしは確信している。